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10月, 2018の投稿を表示しています

内高1寮生日誌

◎十月三日 C自習室  一週間程前に僕の机周りを掃除した。実に数ヶ月振りの掃除だった。自慢ではないが、僕の机やベッド周りは汚い。いつも衣類、本、ゴミなどなど種類を問わず様々な物があった。なぜ掃除をしていなかったのか?それは簡単である。掃除をするメリットが分からなかったからだ。だてに長い間、汚い机やベッドで生活をしていない。別に汚くたって快適に過ごせるのだ。汚いなりに物の位置は把握しているし掃除をする時間を他の事に費やせるのだ。しかし、ここは4人部屋である。周りの部屋員はおろか、他の寮生にも「汚い、掃除しろ」と散々言われてきた。最初の頃は、特に何も感じていなかったが、半年ほど言われると、僕の机やベッドが汚いならば、「僕も汚い」という論理に発展し、さすがにそれは不本意だったので、掃除をするに至ったのだった。  いざ掃除をしてみると、過言ではなく心の20%の負の感情が浄化されたように感じた。綺麗とは素晴らしい。少し前の僕なら考えられないセリフだろう。掃除が終わった後、その勢いで掃除機をかけていたら、班員に驚かれていたのも記憶に新しい。今考えると、初めて自分で掃除機をかけたかもしれない。  これからも僕=汚いというイメージを払拭するためにも地道に綺麗にしていく所存である。   ◎十月五日 C自習室  帰省まで残り2ヶ月半となった。夏休み明けから今日までの間に2回帰省するタイミングがあったが、部活があったため、どちらも帰省しなかった。そのため次の帰省までがとても長く感じる。寮生活も4年目となり、このような感覚にはもう慣れてしまったが、それでも長く感じる。しかし家より寮にいた方が充実した生活ができると感じる。そのため、寮にいるときは家に帰りたくなるが、家にいるときは寮に帰りたくなる。久し振りに帰寮して友達と話すときの楽しさはゲームなんかの楽しさとは比べ物にならない。そこで改めて4年間毎日一緒に生活してきた友達の大切さを感じる。中学校で3年間一緒に生活していたが、他の高校に外部受験してしまった僕の大親友とも半年くらい会っていない。全体的な数で見れば、40人の寮生のうちの1人が減っただけだが、いざいなくなってみると僕にとって彼の存在がとても大きかったことに気が付いた。今いる友達との残り2年半の時間を大切に過ごしたい。

高2寮生日誌

ここ最近、自分を見直す機会が何回かあった。何人かの人に言われたのは、「お前は性格がキツい」ということだ。確かに思い直してみると思い当たる節がない訳でもない。自分の性格上、我慢することが苦手で思ったことをストレートに何でも人に言ってしまう。  確かにこのような行為をするから自分はストレスを感じない。しかし、言われる人からすると嫌な気持ちになるだろう。このような関係は望ましくないであろう。しかし、自分は人が嫌がることを言ってやろうと思って言っている訳ではない。こういう性格なのである。環境のせいにするのもおかしいが、自分の地元では、自分の性格はいたって普通である。  しかし、ラ・サールという学校、そしてこの寮に限っては、全国津々浦々から多くの生徒が合わないという人も出てくるだろう。自分は人に不快な思いをさせることは好きではない。そうしないようにするためにも、まず「相手の立場に立って、物事を考える」ように努めたい。そうすれば一方が傷つくようなことは解消できるであろう。( 10/15 )    「友達とは最高だ‼」僕はつくづくそう思う。僕には色々な友達がいる。それは寮という環境に来たからこそできた大切なものかもしれない。地元に帰れば、「遊ぼっ!」といったら、「いいよ!」と言ってくれる友達がいる。そして、そういう地元の友達は連絡手段として僕に手紙をくれる。こういう友達がいることはとても嬉しいことだ。  しかし、こういう地元の友達とはまた違った友達が寮には出来る。それは一日中一緒にいる環境があるからではないかと 思う。寮に来るまでは、修学旅行などでしか友達の知らない部分を知ることが出来なかったが、寮に来てからは知らない部分をたくさん知ることができる。それはいい面であり、悪い面でもある。  そしてずっと一緒にいることで自分の納得いかないところが生まれてきて、ケンカにつながる。しかし、その後なぜか、仲良くなっているのが不思議なところだ。趣味も違えば特技も違う。そんな友達がたくさん出来た。趣味も特技も違うから、最初は考えなんて合うはずがないと思っていたけど、考えがどんどん合っていると分かってきて、それで意気投合して一緒に遊んだり、一緒にご飯を食べたり、一緒に風呂に入ったりしながら、友達が隣にいることが当たり前

高一寮 奥尻研修旅行の様子

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10月14日(日) 新高一寮 寮生日誌

十月十四日(日)  D 自習室    昨日、二泊三日の奥尻島研修旅行から帰ってきました。  三日間のスケジュールがきつくて、とても疲れました。研修旅行の一日目は津波館や時空翔へ行き、災害の被災者に黙祷を捧げました。また、先月、大きな地震が発生し、僕達も大変でした。もし再び地震が発生した場合、どのように行動すれば良いのかを学べた防災訓練だったと思います。ただ少しトラブルはありましたが、キチンと訓練ができたので良かったです。  二日目は一号車から四号車に分かれ、それぞれ様々な体験をすることができました。  僕は一号車だったので、ブドウの収穫体験や郷土料理体験、サイクリング等を行いました。サイクリングの途中、強い雨が降ってきたため、かなり濡れてしまいましたが、とても楽しかったです。三日目は西海岸で清掃のボランティア活動をしました。多くのゴミのなかにはハングル文字が書かれた物があったりしたので非常に驚きました。  二日間滞在したホテルではクラス全員でお風呂に入ったり、四人いる家で遊んだり、とても楽しかったです。しかし、ホテルが少しホコりっぽくて三日間鼻水が止まらなくて少し辛かったです。  フェリーは行きも帰りもあまり揺れなかったので船酔いをしないで済みました。  とても短い時間でしたが、三日間でたくさんのことを学ぶことができたので良かったです。   十月十四日(日)  C 自習室  昨日まで奥尻研修があり、とても疲弊した。  今日は幸いにして部活もなく、友達と疲れを癒していた。今思うと奥尻研修では良かったこと、悪いことが半分ずつあった。  良かった事でいえば、自宅生と宿泊を楽しむことができたこと。寮生同士ならば、その人がどのように生活しているのか分かるが、自宅生はそうはいかない。御幣を生むかもしれないが、寮生と自宅生とで調和のとれる生活ができて良かったと思う。もう一つ良かったことといえば、事故や問題が何も起こらなかったことだ。当たり前のことかもしれないが、何事もなく無事に終わり、本当に良かった。  ただ悪かったことでいうと時間を守れなかったことが残念だった。  私の部屋員が三日目の朝食に遅れてしまったのだ。原因は寝坊でクラ

高二寮生日誌

  一昨日の十月五日は僕の誕生日でした。四日の二十四時に消灯すると、みんなが「ハッピーバースデイトゥユー」を歌ってくれて、プレゼント(お菓子など)をくれました。みんなカップ麺やレトルトの食品をくれましたが、一部の人はからしやわさびなど、「いつ使いうの?」というような物もくれました。学校に行っても、自宅生の人からおめでとう、という言葉をもらったり、ジュースをもらったりしました。  寮に帰って、夜には同じ十月五日が誕生日のK君からケーキをもらいました。誕生日にケーキを食べるのは小学生ぶりでした。(笑)函館ラ・サールの「ファミリースピリット」がこの学年ではかなり育まれていて、本当に仲の良い友達がたくさんいます。四年半も生活を共にすれば、当然なのかもしれませんが、この経験はこの学校でしかできないものだと思います。あと一年、この仲間と励まし合って、二月に笑って卒業できるように暮らしたいと思います。  夏休みが明けた…と思ったら、もう後期に入り、冬の訪れを感じられるような気候が続いています。冬休みまで一日一日を無駄にせず、勉強と部活を頑張りたいです。( 10/7 )    先日、折角の三連休だったので無駄にはしまいと友人を連れ、美術館に行った。特別展が開催されていたからだ。歌川広重の東海道五十三次展だった。  美術館に足を運ぶことは多々あり、絵画や版画を見ることはあっても、浮世絵を見るのは今回が初めてであった。  実際に浮世絵を目の前にすると、あまりの出来に感動した。とても良く出来ていた。途中、製作の過程を紹介している展示があった。あまり、浮世絵には色が使われていないような気もするが、意外にも多くの色が使われて、その度に違う版が必要なので、手間の掛かるものだったそうだ。  展示の中には、私達が歴史の教科書や普段どこかで目にしたものもあった。「蒲原」はしんとした雪景色の中、三人の足音がこちらまで響いてきそうで、斜めの細黒い線で激しい雨を表現した「庄野」は強い雨音とその中を急ぐ人達の臨場感がありありと伝わってくる。  私は、昔から江戸が好きだ。いきなり、背中を武士に刀で着られるのは嫌だけれど、どこか江戸人の趣が良い。タイムスリップができないかな、なんて思ったりもする。  現代日本にも江

10月6日(土) 1Fラウンジでの様子

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  新入高一寮生が高三寮生の先輩にいろいろと話を聞いているようです。   何の話をしているのか聞いてみたところ、大学のこと、受験のこと、勉強のことなどを聞いていたようです。   気楽にいろいろと話を聞ける先輩が身近にいるのはとても心強いと思います。   そしてそんな後輩に対し、真摯に向き合い、丁寧に答えてくれる高三寮生もさすがだと思います。   話しが聞けた高一寮生にはとても充実した時間になりました。      

10月6日(土) ケガの治療

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  高三寮生のY君。   先日のラグビ―の全道大会での傷がなかなか治癒しません。   やさしい寮母さんが消毒などし、治療をしている様子です。   ちょっと痛そうでしたが…。   治療も無事に終わり、笑顔のY君。   寮母さんが治療してくれ助かりましたね☆

高二寮生日誌

もうすぐテストが始まる。最初は、テストや英検に向けて勉強をしています。今回のテストは情報などの副教科も含まれていて、テスト勉強もそれに合わせて、早く始めています。また、この前、僕は三年生ゼロ学期という言葉を聞いて密かに、確かに、と思っていました。 また、LHRで武田塾という番組を見ていたら、まず、ゴールを決める、その後にスタートを決める、と言っていました。更にはそのスタートが早ければ早いほど、行く事が出来るであろう大学が増えていくということも言っていました。だから僕も今から始めて、がむしゃらにやれば行きたい大学にも行けるんじゃないかと思って、頑張っています。 先ずは、目先のテストと英検にしっかり取り組んでいきたいと考えています。また、ラグビーの方も手を抜かずに本気になって頑張りたいと思います。 どっちかに本気になるためにどっちかを捨てるとか、そんなことをやっていたら、選んだ方すら本気を出せなくなると思うので、全てを選んで、全てに本気で行きたいと思います。( 9/16 )    三日間にわたるテストが終わり、期末休みに入ろうとしている。やはり科目数も多く、範囲も広かったため、対策はかなりきつかった。その上、今回は、テスト三日前に部活の大会があったので、なおきつかった。それでも全道大会に進めることになったので、良かったと思う。  前期が終わろうとしているが、今までに比べて時間の経過が早いように感じる。にもかかわらず、あまり勉強ができるようになった気がしない。大学受験まで残り一年半を切った。 今、果たして望む大学に入れるのだろうかと不安しかない。ただ、その不安を消す方法は、唯一、今勉強するしかない。努力もろくにしないくせに高いレベルの大学を目指しているなんて恥ずかしくて言えたものではない。  その上、もし、それで落ちて、泣いたりするのは自業自得としか言いようがない。だからせめて、自分はこの大学を志望しているんだと胸を張って言えるような努力をする。あの時、こうしておけば良かったと後悔しないような努力をする。今、できることはそれだけだと思う。( 9/27 )    後期が始まって二日が経ちました。かといって何かが変わった訳ではないですけど、そろそろ受験に向けて、自分を変えなければと思っ

10月2日(火) 朝食の様子

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  おはようございます。   いよいよ後期が始まりました。   昨日は日本列島を縦断した台風24号の影響で1時間目はカット。   2時間目から通常通りの授業ということで多少遅い時間の登校、そして後期のスタートになりました。   2日(火)、朝食の様子です。   高一寮は昨日、点呼遅刻者が散見されましたが、本日はバッチリ。   毎日がこうでなくてはいけません。   それではお腹を満たして元気に登校しましょう。   後期からも頑張ろう!  

内高1寮生日誌

◎九月七日 C自習室  今日ついに長く続いた停電が終わりました。そこで僕たちは銭湯へ行ったのですが、花園町は灯りがついていて日吉町だけが仲間外れにされているように感じました。銭湯のテレビを見て、厚真町や日高の被害が函館どころではないことを知りました。停電や断水だけで済んだのは不幸中の幸いと言えます。地震は午前3時頃に起きたそうですが、僕は熟睡していて気付きませんでした。停電により、トイレ、飲み水、歩くことさえも苦労し、現代社会の脆弱さを見た気がしました。やはり電気がなければ、今の生活は成り立たないのだなと思い、より一層エコに暮らそう、という意識が高まりました。最後に、この震災で亡くなられた方のご冥福を祈るとともに通常の生活に戻れたことに感謝しています。     ◎九月十日 C自習室  日本から電気がなくなったらどうなるのだろうか?というのも、今回の地震で北海道全域が停電し、寮も2日間ほど電気のない生活を送った訳だが、正直なところ、かなりキツかった。まず一番キツかったのは“トイレ”である。寮のみならず、今やほとんどのトイレが電気で流しているが(たぶん)、それができなくなった途端、一気に不便になった。小便ならまだ良いが大便なんかはバケツで水3杯入れてからじゃないと流れない。当然ウォシュレットなんて以ての外。灯りがない暗さと相俟って、かなり不便な思いをした。また、灯りがないことが、どれだけ不自由かも分かった。18時頃にはもう既に暗くなり始め、20時頃には懐中電灯なしでは何も見えないほどだった。いつも普通に明るい自習室で勉強していた分、受けた驚きも大きかった。本当に何もできなかった。お蔭で夜は何もすることがなく、22時頃から寝る人も少なくなかった気がします。他にも食事の大変さなんかも痛感した。地震が起きてなお寮食堂で寮の食事を作って下さったシダックスの方々には本当に感謝しています。  日本のみならず、世界の電気への依存度は高い。そのため災害などで電気が止まった際の迅速な対応と、もしものための対策が欠かせない。電気がない中で、どのように生活していけば良いかなど、災害時の対応を考える良い機会となった。これを機に“もしも”のための準備をもう一度確認し、同じようなことがあった場合にも素早く対応できるようにしておきたい。