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新高校二年 寮生日誌(5/28)

 5月23日 今日は23日です。23と書いてフミと読んで中学の時では毎月の23日に手紙を書いて、実家に送るイベントがありましたが、高校に上がってから、そのイベントは消えました。 手紙にはいつもその日に起こったことや欲しいもの、自分の状況を書いていましたが、今では電話で連絡をしていますが、時々面倒くさくて電話をしない日もできてしまっています。正直「ふみの日」は本当に有難かったです。 そして、高二になってから初めての定期テストも終わって、徐々に返却もされるようになりました。一応、返ってきた教科は悪くないので安心しています。 でも、僕が所属している特進クラスではこのクラスだけで平均を取るのですが、その平均がとても高くて結構怖いです。何とか平均以上をキープして、それにトップも狙っていけるように頑張りたいです。 先週金曜日と今日の二日でラグビーの大会がありました。試合は全て勝てたので良かったです。これからもチームに貢献できるように頑張ります。 5月23日 第一中間試験が終わり、次の中間テストまで一ヶ月以上あるこの時期は新入高一にとって重要な部分となるだろう。 入寮してから一ヶ月以上が経ち、この寮に慣れてきて緊張感がだんだんと薄まってきているなかで、人間関係のトラブルや持ち禁、就寝妨害といった問題行動が起こりやすい時期だと思う。 さらにチューター団解散まで少しであることも新入高一にとって気が緩む原因の一つであろう。この一つの山場を超えなければ、この学年は崩れてしまうだろう。 そのようにならないためにも、我々チューターが残り少ない活動期間の中で、彼らにできる限りのことを教え、良い形で解団できるように頑張りたい。 先述したように、先日第一中間テストが終わったが、高一と高二の勉強で最も異なると思ったところは理系科目が基礎から専門になることである。理解を更に深めることがより必要になり、試験直前では間に合わなくなるので、今後から計画的にやる必要がある。 5月24日 ノーブレス・オブリージュ(Noblesse oblige) 身分の高いものはそれに応じて果たさなければならぬ社会的責任と義務がある。フランス由来の言葉です。 私は現在高校二年生ですが、一年はあっという間でしょう。部活ではもっと早い時期から最高学年として活躍せねばならなくなるはずです。人を指導する立場というのは教養のある人間がす

高校三年寮 寮生日誌(5月24日)

 5月24日(火)  寮生日誌を書くのは、おそらく高三になって初めてだと思う。だから、今回は高三になってほぼ二か月たって思ったことについて書こうと思う。  まず言うまでもないが、やることが非常に多い。あれもやろうこれもやろうとすると、あっという間にテキストの山が出来てしまい、精神に支障をきたす。でもやらなければならないことではあるので、放課後+休日を潰 してでもやるしかないのだ。これに付け加えて、マンガを読む時間が完全になくなった。参考書を買いに書店に行ったとき、自分の好きな漫画の新刊を一応買ってはいるのだが、そのまま保護フィルムが付きっぱなしの本が既に10冊ぐらい溜まっている。  受験生にとって一番大切だと感じるのはストレスとの付き合い方だ。私は高三になってすぐに部活動を辞めて勉強に励んでいるのだが、やめた直後にスポーツの大切さに気付いた。机に向かっているとどうしても体を動かしたくなってしまう。「部活でストレスが溜まっている」というクラスメートが正直言って羨ましい。  以上が高三になって思ったことだ。ほとんど辛いことしか書いていないが、将来を明るくするには今を乗り越えなければいけないらしいので、頑張るしかない。

高校三年寮 寮生日誌(5月22日)

  5 月 22 日(日)  最近になってやっとアメリカやオーストラリアなどでマスク着用の義務が緩和され始めた。アメリカのニューヨークでは任意でのマスク着用になった。そんな中、日本でも緩和されそうな兆しが見えてきた。ここで喜びたいところだが、正直言って違和感しかない。既に 3 年近いマスク着用が当たり前の生活を経験してしまうと、マスク着用している方が当たり前で、マスク着用していないのは異常に思えてしまう。人間の馴れは間隔を麻痺させる。日々の学習だって 3 日も何もやらない日が続けばそれが当たり前になる。今まで自分は 5 年サボり続けてきたから、当たり前というかむしろ勉強しないのが習慣化している。高 3 になってこの習慣からは抜け出すことに何とか成功したが、少しでも油断すれば元に戻るだろう。今年の目標は大学合格だけれども、まずは油断しない自分を作ることを目標にしないと大学合格という目標のスタートラインにすら立てない。今年はやるべきことがたくさんあるが、習慣に気を付けて生活することが第一だと思う。しかし、口で言ったり書くことは簡単だが、実際にやり遂げるのは大変だ。たぶん「ムリ」。

高校三年寮 寮生日誌(5月19日)

  5 月 19 日(木)  今日で第一中間テストが全科目終了しました。 3 年生になって初めての定期テストでした。あまり範囲は多くありませんでしたが、国立文系クラスは昨年よりも科目が増えたため、計画的に学習する必要がありました。化学は 2 年生の 1 年間なかったので忘れているところがかなりあり、また 1 からやっているような感じです。また、受験生だから受験を意識してか、昨年よりも集中して気合を入れてテスト勉強ができていたかのように思います。定期テストが終わっても受験生の為机に向かう必要があります。リフレッシュは必要不可欠ですが、だらけすぎるわけにはいきません。定期テストの他に、希望制のも含めて沢山の模試があります。自分が全国でどの位置か分かります。志望校の判定もあり、自分がどれくらい足りないのか、どれくらい上げなくてはいけないのかが分かり、勉強へのモチベーションも上がるはずです。知識を知ることは好きなので、受験勉強も知識が増えると思えば楽しめるのではないかと思います。

高校三年寮 寮生日誌(5月15日)

  5 月 15 日(日)  今回はボウズについて書こうと思います。部屋員の KDKJ 君が何故か突発的にボウズにしてしまったのでタイムリーです。ボウズとは漢字で書くと「坊主」なのですが、片仮名の方が愛らしい。野球部のような雰囲気が出て良いと思っています。まぁ、 K 君(略)は野球部なのですけどね。ボウズはシャンプーも少なく、リンスはしなくていいのでとてもエコなのですが、たぶん寒いです。しかし、これから夏なのでその点は安心です。そして 1 つ気になっていることがあります。ボウズのナゾについてです。それは、この寮限定で起こる怪奇現象なのかもしれないのですが、ボウズが 1 人生産されると必ず 2 人、 3 人…と量産されていきます。ボウズが伝染しているか何なのか分かりませんが、ボウズ単体では存在しません。これがボウズの増殖なのだと考えるととても恐ろしいです。身近にボウズがいる人は気を付けましょう。知らない間にあなたにも危険が迫っています。これを読んだ次の日には…キャー。

高校三年寮 寮生日誌(5月10日)

 5月10日(水)  どうせドミトリィには載らないって分かっているので、どうでもいいことを書きます。そもそもどうでもいいことって何ですか?一般的にはどうでもいいことってどのようなことを指すのかというと、それをやる意味を感じなかったり、または興味がないということです。なぜ意味を感じないのか。それは寮生日誌を書いたところで受験の役には立たないからです。日誌を書くくらいなら小論文の練習でもしたほうがいいです。そして、書くのに時間がかかるからです。小論文は先生に提出したら採点してもらえるけど、日誌は何も起きません。時間が一時間ほど無駄になってしまうだけです。最近僕は忙しくなりました。どうでもいいことに時間を費やすことが罪深く感じます。もしその一時間が受験の勝負を分けたとすれば、寮生日誌を書く義務を生徒に課すことはどれほどの責任か伴うのでしょうか。僕が先生だったらやりません。とまぁ、前置きは置いておいて。二つ目。なぜ日誌を書くことに最近の子供は興味を持たないのか。それはインターネットの拡大によって興味が拡散し、決まった流行がネットに移行したからです。現実での出来事を、日誌は記すものなので、次第に日誌を記すというアナログ文化はなくなりつつあるのです。そして、自動変換機能に頼り切った日常生活は漢字のボキャブラリーを著しく低下させていきます。この二つの理由によって、日本人の国語力は悪くなっているのかもしれません。アナログも時には大事ですね。でも忙しいのです。それは本当なので、最初から書いてくれそうかつ載せられそうな文を書く人に頼んだらよいのではと思います。

高校三年寮 寮生日誌(5月4日)

  5 月 4 日(水)  ゴールデンウィークだ。連休だ。休みだ。遊ぼう!なんて思っていいのは高二までだと今痛感している。するべきことは分かっている。そう、勉強に励むことだ。したくないのも分かっている。自分の為にはするベきことだ。図書館が 10 分で行けたなら、どれだけよかったか。本気でしないとやばい上に、今すぐにでもしないと後悔するのも分かっているし、親の期待にも応えたい。時間がないと学校がある日はずっと思っているのに、休日という大量の時間が出来ると、いつもできなかった箇所の復習よりも漫画や趣味に使ってしまう自分がいる。受験は自分をどれだけ追い込めるかだとつくづく思う。そのために無駄な時間を過ごさず、娯楽の時間を全てモチベを上げるために大学情報を調べ、寝る前に一杯勉強できてい良い日だったと思うことだろう。満足感と幸福感を上手く用い、勉強を楽しくすることが目標だ。こういう文を書かないとやる気が出ないので、毎日三文日記でもつけようと思う。

高校三年寮 寮生日誌(4月30日)

  4 月 30 日(土)  先日は僕にとって伝説を残した日でした。この寮生日誌に刻んでおこうと思い、これを書きます。僕を含めたある四人グループはモーニングの時間帯にトーストが頼めるコメダ珈琲店に行きました。最初は高くても 1500 円程度を予想していたのですが、店内に入ると早々「コメカツパン」(コメカツパンとはコメダ珈琲の中でも随一のボリューミーなメニューなのだ)を頼みこの時点で 980 円。ドリンクを頼めば 1500 円程度とまだよかったのですが、ラサール生はここからが違いました。コメチキとデザートを訳も分からず頼み、会計は 2000 円、 4000 円、 6000 円・・・と跳ね上がっていき、私たちがお会計した時は、大台の 10000 円ジャストとなってしまいました。そして会計時に諭吉を財布から出す気持ち良さは今でも忘れられません。(店を出た後各自自分が食べた分割り勘しました)(ちなみに僕は 3000 円食べました♡)このような大型連休中に長居させてくれて、笑顔で接客してくれたコメダ珈琲店の店員の方々、食べている途中でコメカツパンとたっぷりサイズの珈琲 100 円引きクーポンを頂いた婦人様にはとても感謝しています。とても充実した一日になりました。なお、お金の使い過ぎには十分気を付けながら GW も充実した時間を過ごせればと思っています。これが僕の伝説「諭吉が消える珈琲店」です。

新高校二年 寮生日誌(4月23日)

 4月23日 ‎楽しかった中学校生活が終わって、気づけば高二の春。函ラサでは上‎‎から数えて二番目の学年になっていた。今でも、心が中学生なのだが、気づけば来年は受験。そして成人。 多分、成人するということは、自分の行‎‎動に責任が伴うということだと思う。僕はまだまだ心がガキだから成人することが心配だし、そもそも成人は二十歳からで良いと‎‎思っている。 成人になるということも大事だが、一番大事なのは受験。中学受験が終‎‎わり、やっと勉強から解放されたと安堵し、ゲームしまくっていたのも、も‎‎う四年前の話。あの頃は六年後なんて想像できなかった。今も想像でき‎‎ないけど、どうやら来年の話。僕が人生で嫌いなことのトップ一位と二位が勉強と努力。よくこんな‎‎んで、進学校四年間もやってこれたなと思っている。 でも、なにも学ぶことが勉強だけだとは思っていない。函ラサで学んだ大‎‎きなことは、やはり寮という小さな社会で生きていくこと。同じ空間で生きていくからこそ、普通の学校より友人との関係、距離感‎‎が大事。そして、とにかく他人と話してみるというのは大事だとわかっ‎‎た。僕が人生で苦手なことのトップ一位と二位が人に話しかけることと‎‎人との距離感を上手く取ること。大事なことが人生で一番苦手だった。‎‎でも、なんか、なんとかなるもんだった。 4月24日  どんなことにおいても、経験は宝となる、僕はそう思っています。 きつい部活の練習も、自主的による筋トレやランニングも、料理、手芸といったものまで、やっておくことで、どこかで必要になる、簡単にできるようになる、楽が出来る、そう思えるのは、親がそういう人だからでしょう。 同じ親の下で育っても、見ているもの、やったこと、感じたこと、世代、兄弟であってもそういったことで考え方も変わってきます。 僕や兄は少なくともそう思っていますが、弟は、どうでもいいようでした。様々な体の動かし方、技術、意識すること、これらは無意識にも生活や部活などで使われています。体の動かし方は特に出てきやすいと思います。運動神経の良い悪いというのは、こういった経験の差から来ていると思います。 走り方一つにしてみても、誰もがきれいに走れるわけではありません。何度も走って、走って、走った結果、効率の良いキレイなフォームになっていくのですだから、運動神経が悪いからといってすぐに