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高校三年寮 寮生日誌(9月20日)

  9 月 20 日(火)  共通テストまで残り四カ月を切ってしまった。毎日それなりに勉強をしており、成績も良くなっているが、本当にこのやり方が正しいのかと毎日不安になってしまう。もし一人で勉強していたら焦燥感に駆られて鬱状態になっていたかもしれなかったので、寮生活で良かったと思う。同じ年齢の人達と共に生活することによって、「自分だけ勉強しているのではなく皆が頑張っている」と意識することが出来るので、モチベーションが上がる。また、疲れている時に部屋員や友人と会話をすることによって、ストレスが緩和されるのも寮生活の利点だと思う。ラ・サール生は受験期間やテスト期間でも明るい人たちが多いので、いつも元気をもらっている。「第一志望合格」は確実的なものではないので、最後までどうなるか分からないが、五年後や十年後に今の自分を振り返ってみても後悔の無いように仲間と共に勉強をしていこうと思う。  高校一年生の頃から生活してきた同級生とも早くて冬休み前、遅くても二月の卒業式で会うことはなくなってしまう。勉強だけでなく、人間関係も今まで以上に大切にしていき、楽しい思い出を残したい。

高二寮生日誌(九月十八日)

九月二日  根性論と書いてどう思うでしょうか。どこか男っぽいというか…そんなイメージがするかもしれません。僕は根性論、結構好きです(バリバリの文化部)。 後輩の面倒とかを見てきて思うのが、正論や事実ばかりを言っていても、何も上達しないんですよ。ましてや「音楽」という形もないし、人の感性によりけりなモノをやっていますから、始めたばかりの人とかには僕の中にある「イメージ」が伝わらないんです。そんなとき、「こんな感じ」を伝えて、後は「やってみろ」で「がんばれ」なんです。  音楽は知的な遊びですが、そこに行くまでがただひたすらに曲を聞きまくって感性を鍛えるしかないんです。そして最後に頼るのが根性とか気合。また、不思議なことに、この気合とかが、お客さんや、審査員に伝わったりするんです。レベルが高くなればなるほど、根性や気合は大切だと僕は思っています。これからあと一年ちょい。後輩達に根性を説いていきたいと思います。  九月三日    先日、アドルフ・ヒトラーの「わが闘争」(原題Mein Kampf)を買ってきた。いや、別にネオナチとかそういうんじゃないですよ!? 常識として触れておこうと思っただけですから。  しかし、何故か書店に上巻しかなかった。下巻はどこにあるのやら。何とかして買いたいです。  この本は、みなさんご存じヒトラーが自己の思想を全てまとめたものです。ナチスの「聖典」とされていたようで、1923年ミュンヘン一揆失敗ののち、監獄の中でR・ヘスらに口述筆記させたものです。1925年に出版されました。上巻を読んだ限りでは、回想録的な叙述が多いですね。  しかし、主張としてはユダヤ人の排斥とアーリア人種の優越性、スラブ民族の奴隷化です。適者生存という社会ダーウィン主義の影響を強く受け、人種主義の「世界観」を構築している。さらには、徹底した大衆蔑視のもとに展開される大衆操作論を論じている。「大衆はおろか」なのである。扇動の政治技術をテロルと結び付け、反民主主義に応用している。  また、議会民主制反対、独裁政権樹立、社会福祉の拡充、中間層と農民の保護、イギリス-イタリア-ドイツの同盟により、フランス、ソ連と戦い、ゲルマン民族の居住地を東に求める「東方生存圏」にも言及している。  現在、ナチスを批判し、全否定することが多いが、彼らは最初から国民の支持を受けて成立し、最後まで支持

高校三年寮 寮生日誌(9月14日)

  9 月 14 日(水)  さて、いつのまにやら一ヶ月が経過し必死当番が廻ってきました。何を書こうか逡巡していると、親からメールが。ナニナニ、「次回のヒミツの寮トリビアは“湯けむり風呂事情”でお願いします」・・・。リクエスト頂きました!という訳でこれを口実に、シリーズ第四回は「湯けむり風呂事情」をご紹介申し上げます。本校ホームページではチョットだけで、本寮の説明会のビデオでは全くもって闇に包まれたお風呂場の実態。本邦初公開です(多分)。  この寮のお風呂場は中学・高校共用であり、食堂と同じ建物内にあります。敢えて高校寮とは別の建物であるかのような書き方をするのは、事実建物が分かれているためです。しかし、ご安心を。廊下のお陰で屋内でしっかり繋がっています。雨や雪に濡れる心配はありません(冬場寒いのはご愛敬)。  お風呂場自体は脱衣所・トイレ(×2)・棚部屋・浴場の5つで構成されています。いずれも常に清潔で大変使い心地が良いです(毎日有難うございます)。内部はとても広々としており、浴槽も大きいものが2つ。どちらを使うかはアナタ次第。  いくつか注意点を挙げておきます。①「遠い」。高校寮4階から歩いていくと登校するのと同じくらい時間がかかります(実測3分)。②「時々砂場」。部活が終わる時間帯は脱衣所が砂にまみれます。帰宅部・文化部は早めか遅めの入浴を強くススメます。③「お湯の出」。“洗面所争奪戦”とほぼ同じです。「手前の中央」がベスト。昨年までは午後しか入浴できませんでしたが、今夏からは「朝風呂」が解放されました。日曜朝の目覚ましに最適です。どうか続けてほしい・・・。

高校三年寮 寮生日誌(9月5日)

 9月5日(月)  先日、中一から続けてきた吹奏楽局を引退しました。振り返ってみたら、短かったなあというのもありますが、それよりは長い旅だったなあというほうが大きいです。やっぱり、数え切れないほどたくさんのことがあったし、自分の中学・高校生活は部活一色だったから幸せだったなあと思います。それでもこの一年ずっとやり残しがないように一生懸命やれることをやってきたので、引退した今、後悔はなくさっぱりした気分です。それにしても中一の時、あんなに大きく見えた高三生に自分たちがなっていると思うと感慨深いです。五年前とはいろんなことが変わったけど、しっかりみんなで守ってきたものもあって、それを後輩たちにも守っていってほしいです。またOBとしていつか戻ってきた時も、吹奏楽局がそれを失っていないことを願っています。  ところで来週はテストです。中一から受けてきた定期テストもあと二回となると感慨深いものです。しかし、感慨に浸っている暇もなく勉強が後から追ってきて恐怖と焦りしかありません。やっぱり高三は忙しすぎると思います。だけどあと少しのテスト、楽しみたいと思います。

高校三年寮 寮生日誌(8月29日)

  8 月 29 日(月)  あなたは化石に付着している土を全て取り払うべきだと思うだろうか。そう思う人は「化石に付着している土は邪魔だ」という勘違いをしているのであろう。  あなたは、恐竜の化石と言われれば恐竜の骨格標本を思い起こすだろう。しかし、現代に残る恐竜の内部構造を知る手掛かりとなるものは骨格だけだという訳ではない。 20 年ほど前、ある研究グループが掘り出した化石の土を全く取り除かずに、そのまま CT スキャンして内部構造を三次元画像にしようという試みを行った。その画像に現れたのは、何と心臓そのものだったのだ。その時まで不要なものだと思って捨てていた、骨格内部の土は実は生きていた時の形をそっくり残した臓器などの組織なのであった。  この話を初めて聞いた時、私は大学受験が順調にいけばあと 3 、 4 年で研究を始める身として、思い込みや勘違いは重大な発見の邪げになるのだということを学んだ。逆を言えば、自分が、またはみんなが勝手に前提としていることを疑ってみることが何か発見があるかもしれないということだ。かなり感動した話だったので共有しようと思い、この話を書かせて頂いた。

高校三年寮 寮生日誌(8月25日)

  8 月 25 日(木)  今まで「寮トイレ事情」「寮洗面所争奪戦」についてご紹介してまいりました。この「ヒミツの寮トリビアシリーズ(勝手にシリーズ化)」。 3 回目となる今回は「洗濯物展示会」についてご紹介したく思います。これから入寮を考えている皆さんは、是非寮生活シミュレーター(妄想)の材料に。卒寮された皆様は是非ノスタルジーに浸るキッカケとして頂ければご幸甚に存じます。どうぞよしなに。  さて、「洗濯物展示会」とはナニモノでしょうか?「洗濯されたカッコイイ服やとぼけた靴下が見世物として展示される会」?ちょっとちがいます。ですが、 8 割方あっているとも言えます。この会を正確に説明するなら、「洗濯されたけれど所有者不明で行き場を失った(廃棄一歩手前の)衣類の展示会」です。本寮では、洗濯は学年・中高問わずすべてひとまとめに行われます(いつも有難う御座います!)。このため、所有者の特定には「寮生番号タグ」が用いられます。しかし、何らかの理由でこのタグが取れたり汚れたりすると身元が不明となり、寮事務室に回収されます。この回収された衣類が、いつまで経っても誰も申請せずに取り残され溜まっていくと「洗濯物展示会」が開かれます。服が可哀そう。展示される枚数は、上着・下着等々 100 着を超えます。まるでアパレル店。ここで 2 つ注意点があります。ひとつは「番号をしっかりつけること」。特に入寮時はお気を付けて。ふたつめに「フリーマーケットではないこと」。稀にフリマと勘違いして、他人の使用済み衣類を持ち帰る輩がいるようです。廃棄から救ったと言えば聞こえはいいのですが・・・。とにかくヤメテ下さい。

高二寮生日誌(九月二日)

九月二日 昨日から九月に入った。九月というと球技大会が思い浮かぶ。一昨年は実施されず、昨年は屋外競技のみで制限付きでの実施だったのだが、今年は屋内競技を行うことも可能となり、サッカー、バスケットボール、バレーボールの三競技が開催される。自分はサッカーに出場する。自分はスポーツが好きなので精一杯頑張りたいと思う。 大会と言えば先日、八月二十七、二十八日と陸上の大会があった。結果はとても不甲斐無いものになってしまった。原因は分かっている。練習不足だ。現在陸上部の部員は四人しかおらず、しかもそのうちの一人はあまり部活動に参加しない。 そのためかモチベーションが四人とも少ない。だからかは分からないが夏休み明けに大会が控えているのにも関わらず、休み中は四人とも練習をしていなかった。そして結果は先に書いた通りだ。 この現状を打破するためにはどうすれば良いかを考えていこうと思う。 まず、今の四人に足りないものは悔しさだ。陸上において本気で練習し、本気で準備し、本気で大会に臨み、本気で走り、走り負ける。そして悔しさで何とも言いようのない気持ちに陥る。その悔しさをバネに変え、次のステップへと飛ぶという経験がないのだ。ではこれを身に付けるにはどうしたらよいか。簡単だ。本気でやれ。それだけだ。これに関しては身体の問題ではなく、心の問題だ。四人が一丸となって向かっていくべき問題だろう。 次に直面するのは「本気でやりたい、でもどうやって」という問題だ。これに関しては自分達だけで何とかなるような課題ではない。これは指導者に頼るしかないだろう。 この二つの課題と本当の意味で向き合い、そして乗り越えた時、大会で走り切ったあとには、勝ち負け関係なしに純粋な気持ちでレースを噛みしめることができるだろう。 函館ラ・サール陸上部に栄光あれ。