高一寮生日誌より抜粋


 ベネッセのテストが終わり、僕たちが今、土曜日を楽しんでいた最中、自分は時々思い出すのはラ・サールの入試のことだった。去年の今頃は色々思い詰めていた気がする。自分の推薦入試は酷いものだった。呼ばれた建物に着いても何階に行けば良いのか分からず、ラ・サールに電話したり近くのセミナーをやっていた人に助けてもらったりしてギリギリ二分前に着いたスタートに始まり、自分の実力不足を感じたテスト。英語に関しては文章が殺虫剤の話から聞いたこともない蝶の話に変わって世界危機の話で終わる無理矢理で投げやりな文章に直したのを今でも覚えている。そして、帰り道の地下歩行空間で行われていた操り人形のパントマイムを見て、何故か流れた涙を周りの通行人に見られないように顔を隠した苦い思い出である。自分のように多くの人が辛い思いをして入ってきているのだろう。数か月もすればその新しい人が新一年生として入ってくる。不安な気持ちもあるのだが、自分としては楽しみという気持ちの方が強い。環境も変わり、新しく目まぐるしい生活が続いていくことになると思うが、自分にとってより良い生活になるよう努力していきたいと思う。

 
 

 今年は異常な程雪が少ない。しかし、寒さは変化していないので歩道は雪の代わりに氷が張り、とても危険な状態が続いている。
 さて、雪中運動会の季節が近づく中、僕達が中二の頃は大量に雪が降り中止、その前年では雪が少なく中止。と色々な所で不満の声が聞こえてきた。そして中三の時にいよいよ開催されることになったのだが、僕的には「一、二年の時にやらなかったのだしやらなくてもいいのでは?」と思っていた。しかし、僕らのクラスは球技大会で悔しい思いをしていたので、借りを返そうとやる気になっている人も多くいた。四人五脚では下から数えた方が良い順位だったが綱引きでは二位、最後のソリリレーでは一位となり、総合優勝を果たすことができた。最初は乗り気でなかったものの、最後にはとても盛り上がった。さらに盛り上がっていたのは高校生の先輩方だったので、今年は高校生として楽しめると思っていたのだができなさそうだ。それよりも学年末が控えている。高二に進級するためにしっかり勉強しようと思う。

 
 

 先日、高校の推薦入試があった。もう一年前の出来事なのかと改めて時の流れる速さを感じる。この一年間で中学までの私には想像し得ない体験ができた。
 まず、大部屋。最初に来た時はベッドとロッカーしかない自分のスペースに嘆いていたが、みんなとの仲が深まるにつれて大部屋は憩いの場となり、今ではかなり広く感じる。次に、交友関係。私は中学まで友達は広く浅くで、親友と呼べる友達は数人だったかもしれない。しかし、今ではどこにでも気軽に話すことができる友達がいる。もちろん時には不満に思うこともあるが、基本的に大部屋全員仲が良いと思う。正月、いつもなら数枚だった年賀状が十五枚くらい来たことには驚きだった。最後に親元を離れての生活。入学当初の私はこの生活が不安でしょうがなかった。説諭を受けている時、何度家に帰りたいと思ったか数えきれない。今でもたまに家のこと、地元の友達のことを思い出すが、「あと二か月後帰れるし」と開き直れるようになった。
 そして、この度私はチューターに選ばれた。先輩チューターの忙しさに絶対にチューターにはならないと誓った春の私がこの事を聞いたらどう思うだろうか。チューターとなる決意は私の心の成長の一つの証だと思う。もう一年先の私は受験準備に勤しんでいる(と思いたい)。先日、センター入試の問題を解いたが、今一つだった。精神面、勉強面で未来の自分がどこまで成長するのか楽しみだ。


  年が明け、早くも一ヵ月が経とうとしている。昨年と比べて特に変わったことはないが、一つだけ自分にとって大きく変わったことがある。それは将来の進路についてだ。昨年まではある大学の推薦で医学部に入ることを目標としていた。しかし、冬休みに実際に医者になった時のことを考えていると少しずつ考え方に変化が出て来た。そこで次の目標として浮かんできたのがパイロットだ。自分でもパイロットという夢が出て来たことにびっくりしている。ちょうど同時期にパイロットのドラマもやっており、とても憧れた。確かに人の命を救う医者という仕事もとてもやりがいのある仕事だと思う。しかし、人の暗い部分をずっと見ていく人生は少し辛く感じる。僕もそうだが、飛行機に乗る時は状況に応じて様々な感情が生まれてくる。楽しみな時もあれば、憂鬱に感じる時もある。自分にとってはそうした人々の想いを支えられる仕事の方が良いように思えてきた。今後のパイロットという希望を叶えるための大学や方法などは調べて分かってきた。ただ、一つ問題なのは周りの人たちは僕が医者になると思っているので、どう説明しようかということだ…。

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