□ 四月二十一日(火) 今年度は撮影班として、約二週間、中一寮に出入りしていた。その中でチューターからの相談に乗っていたりもしていた。一昨年度はチューター、昨年度はアドバイザーよして、毎年中一に関わっている。今回はチューターの活動に少し思う事があっても、基本的に口を出さずにいた。将来は教育職に就きたい僕からすれば、毎年春に中一とこうやって接することができるのは本当に楽しい。 以下、僕自身のチューター経験談と意見を記す。例えば、大部屋(寝室)にゴミの放置が多いという問題には、当面、寝室での飲食を禁際するという策を取る場合がある。この場合、確かにゴミの放置は無くなるかもしれないが、「ゴミを放置しない人」にはならないので、あまり成長する機会とは言えないだろう。 僕は、一つ一つの問題に対して、「どうやったら解決するか?」をじっくり考える。ある生徒が問題を起こしてチューターが叱り、また問題を起こしてさらに強く叱り、では全く教育になっていないと思う。 問題を起こす生徒は、叱られ慣れているから、叱られても意味はほぼ無い。二年前にチューターをしていた時は、いわゆる「問題児(問題児という言葉は好きじゃないが … )」を集めて、僕が引き受け担当になった。 僕は叱らない。生徒と毎日約束する。「今日はベッドメイクのここができていなかったから、明日はやっておいてね!」と。時間も手間もかかるけど、意味があると信じてやっていた。日に日にちゃんとやってくれる様になった。叱らなくても。 敵から作戦を言われても実行しないが、味方から作戦を言われたら実行するだろう。叱ってきている相手には言い訳を言うけど、対話をしている相手には本当のことを伝えてくれるだろう。 問題を起こした生徒を指導する時も叱るのではなく、寮生活を送るためのアドバイスをするというスタンスで話をする。そして、指導する時も相談する時も生徒と向かい合って座らない様にしている。生徒の横に並んで座る。味方であることを示すために。 先生達には驚かれるが、僕は後輩に「敬語じゃなくていい。呼び捨てでいい」と伝えている。だから後輩は、僕のことを下の名前で呼ぶ。たった数年早く生まれただけだから。バスケをやっている人は、僕よりバスケが上手いし、後輩の方が凄いことは沢山ある。数歳年上だからって威張りたくもないし、敬われる...