高3寮生日誌
◎五月九日
センター試験まで残り約二百五十日である。GW十連休の最後の二日間にセンター型の全統マーク模試を受け、自己採点を全て終わらせた。二百五十日後も同じ点数なら、今考えている大学には間違いなく入れない。今回の模試は全て既習範囲からの出題なので、間違えて良い問題はひとつもない。しっかりと復習して次につなげたい。模試を受けている時に、ふと一教科たかだか数十個のマークで人生決まるんだなと思った。私は内進だが、二次試験ももちろんあるとはいえ、六年やってきた勉強の成果が数字が書いてあるマルを黒く塗りつぶすという、ただそれだけの作業に集約されることが少し虚しく思えた。 勉強は将来のリスクを避けたい保守的な人間がやることだという人がいる。たしかにそのような側面があるのは事実であるが、それは勉強を単に大学に入るための手段だとしか思っていない人の思考である。きっとそうやって言う人は、面白がって勉強していないのである。微分とか積分は日常生活で使わないのに何で学ぶ必要があるのかと言う人は、数学が論理的思考力と抽象的概念の形成に最適であることに気付いていない。もっと色々なことに興味を持って考え方を広げていけば、勉強はリスクを取り去るものではなく、将来の可能性を広げるものになるのではないだろうか。
◎五月十日
テストまで残り六日。高体連まで残り十日となった。最後の大会が控えているので、テスト前であるが毎日部活があるため、非常にシビアな現状である。やはり文武両道とは難しいものである。部活を本気でやってしまうと、勉強する体力はほとんど残らずテスト前であるが、まだ本腰が入らない状況である。しかし人間はこういう場面であるからこそ真価が問われると僕は思う。というのも僕自身、ある程度時間が無い方が後に退けないため危機感を覚え、ある事柄に集中できるという実体験があるからだ。部活をやっていた中学三年生のときは、忙しかったため危機感を覚えて、そこそこ勉強するため成績が伸びたが、部活が終わり、勉強だけになったときから「時間があるからいいや」と思い込み、勉強を二の次、三の次に回すため、結果たいして勉強もせず、成績もあまり上がらなかった。その実体験からすると今はベストな状態だといえる。だから忙しさを言い訳にして勉強を怠けたりせず、部活も勉強もどちらでも結果を残せるように努力したいと思う。
◎五月十九日
私はそんなにアホなのだろうか?先日地元で友人達とご飯に行った。その時、女友達から「いいかい、大学で都会に行ったら絶対に悪い女がいるから気を付けるんだよ」等と言われた。まず、なぜ母親っぽいことを友達に言われなければならないのか。そんなに田舎者に見えるのだろうか。そして何といっても上から目線に腹が立つ。アホに見えるのだろうか。仮にそうであるなら仕方がないが・・・ 自分でもアホだなぁとしみじみ思う時がある。それは昔を振り返ってみた時だ。昔といっても数年前ではなく、一年や半年ぐらい前のことだ。詳しくは書きたくないが、人間関係で結構アホなことをやっている。今考えてそう思うということは、自分は成長しているのではと思ったが、アホすぎて成長しているとは思えない。
最後に珠玉のアホエピソードから一つ。以前、授業中に先生が受験生になるのなら、スマホはぶっ壊せと言った。それに影響された私は、帰省時に・・・。後は想像にお任せする。アホというよりもバカだが、強く後悔の念が残ったのは言うまでもない。
最後に珠玉のアホエピソードから一つ。以前、授業中に先生が受験生になるのなら、スマホはぶっ壊せと言った。それに影響された私は、帰省時に・・・。後は想像にお任せする。アホというよりもバカだが、強く後悔の念が残ったのは言うまでもない。
◎五月二十一日
今は高体連シーズンで、周りにも部活を引退した人が何人か出てきた。時間が経つのが早くて驚く。つまり受験までの日数も少なくなってきているということだから、頑張っていきたい。三年になって模試の数が増えたように思える。今月もあと十日程だが、その間に模試が二回ある。何とか乗り切ろうと思う。
今日の夕食は、餃子とサラダのバイキングだった。バイキングの日はいつもとても嬉しい気持ちになれる。これからも毎日ちゃんと寮食をしっかり食べて丈夫な身体を作りたい。 最近、倫理宗教の課題として自分の興味関心があるものについての読書レポートが出された。僕は「科学的思考のレッスン」という本を選んで読んでいる。「なるほどなぁ」と思い込みながら、今まで自分の頭にはなかった新しい発想がたくさん出ていた。小説はとても好きだが、エッセイや評論文は好んで読んだ事がなかったので、ジャンルは問わず、読書を楽しめたらいいなと思った。
◎五月二十一日
今日、僕は公欠でした。アリーナのメインスタジアムで行われたバドミントンの大会に参加しました。苦しくも白星を上げることはできませんでしたが、三年生の引退試合としては己のできること全てを出し尽くしたと思います。もちろん後悔は数え切れぬほどあります。しかし、今何よりも思うことは、バドミントンをやっていて良かったという思いです。バドミントンを通して知り合った人たちとの思い出、培った経験、また経済的支援をしてくれた親に対する感謝の気持ちを忘れずに、これからの糧として受験やその後の大学生活に臨みたいです。 また、引退するに当たって、これから主力となる二年生にはより真剣に後悔の残らない一年間を過ごして欲しいと強く思います。最後に明日の公欠は副部長であるIDの全道出場を目指して全力で応援します。
◎五月二十六日
五月二十三日に最後の大会があり、自己ベストよりも断然遅いスピードで走り切り、あっけなく部活引退が決まりました。そして、その二日後の五月二十五日、最後の大会が終わりました。その日、僕は、陸上部を引退しました。よくプロのスポーツ選手やアイドルや僕と同じように引退した友達は、悔いや思い残しがないか?と聞かれたら、「ないです」と答える人が多いです。でも僕は、悔いも思い残しも死ぬほどあります。もっと頑張ればよかったとか、もっと計画的にやればよかったとか思ってしまいます。表彰台にニヤニヤしながら上る函工の人たちを見ると、すごく悔しい思いになります。でも終わったことは仕方がないので、これからは、その悔しさをバネに勉強を頑張り、志望校に合格できればいいなと思います。そして、自分が部活をしていた本当の意味を見出せたらなと思います。